Shape of my love 〜1〜
 
最近の僕は至って機嫌が良い。この世の幸せが全て僕に舞い降りたようだ。

先週青山さんからプレゼントされた部屋の鍵は、鎖を通してネックレスにした。今は僕の胸元にある。片時も離したくないし、それが肌に触れていると、会えない日でも彼を近くに感じることが出来るから。なーんて、女の子みたいかな。でも、こんなに誰かを好きになったのは初めてで、本当に彼のことが大切で、彼のために何でもしたいと思う。僕にとって、家族よりも大事な存在だ。彼が全てなんだ。

昨日は青山さんは職場の送別会だかなんだかで帰りが遅かったらしい。朝起きて携帯を見ると、4時過ぎに「今帰ってきた」とメールが入っていた。今日は祭日で、土日と違って一緒にいられる時間が短いというのに、そんな時間まで飲んでるなんて。でも飲むのも仕事のうちなのかな?働いていない僕にはわからないけど、それが「大人の付き合い」ってやつなんだろうな。

早起きした僕は、コンビニで食料を買い込み、彼の部屋に向かった。もう起きてるかな?時計はまだ9時過ぎを指している。まだ寝てるね、きっと。
でも鍵があるんだもの!起さずにそっと入って、朝食を作っておいてあげよう。作るといっても目玉焼きとトーストだけど。

今日はマンションの入り口でインターホンを押す必要がないんだ。この鍵で入れるから。エレベーターに乗り、彼の部屋の前で一瞬躊躇した。鍵をもらっても、入る前にはインターホンを押すのが礼儀だよね。部屋にいるって分かってるし、勝手に入っちゃだめだよね?でも、鍵をくれたってことは、勝手に入っていいって意味かな?でも・・・・・

迷っていてもしょうがない。僕はインターホンを押した。まだもらったばかりだし、彼が何か言うまでは・・・ね。あれ?応答がない。まだ寝てるのかな?じゃあ、いいよね。僕が鍵を開けても・・・

緊張するなぁ。胸元から鍵を引き出し、鍵を差し込もうとした瞬間、ドアの向こうでガチャっと、鍵を開ける音がした。起きたのかと思い、ドアが開くのを待つ。だが、開いたドアの向こうに居たのは青山さんじゃなかった。

「・・・・あれ?きみは・・・」

この前駅で会った会社の人だ。濱田とかいったっけ?なぜこの人がここに居るの?しかも眠そうな目をこすりながら、Tシャツに・・・下はパンツ1枚じゃないか!

「あの・・・青山さんは?」
「ああ、まだ寝てるよ。どうぞ。」

『どうぞ』って!なんだよっ!ここはお前の家か?っていうか、なに?どういう関係なの?単なる会社の同僚じゃなかったの?

玄関から足が動かなかった。が、濱田さんは無言でリビングの方に向かう。僕も慌てて靴を脱ぐ。玄関からリビングに向かう途中に青山さんの寝室がある。ドアに手をかけようとすると、見ていたかのようにタイミングよく、濱田さんの声が飛んできた。

「寝たの朝なんだよ。起さないであげて。」

なんでそんなことをあの人に言われないといけないんだ。・・・・仕方ない、会社の人だし。青山さんが僕みたいなのと付き合ってるなんて思いもしないだろうし。そもそも会社の人に男と付き合ってるなんて言わないだろうし。ゲイだなんて、カミングアウトしてないだろうし・・・。僕は鍵を胸元にしまい、リビングへ向かった。

「あの・・・濱田さん・・・でしたよね?」
「うん、そこ座って。何か飲む?」
「いえ、結構です!」

何か飲むって、勝手にその辺に触るなよ!グラスもカップも冷蔵庫も!勝手に触るな!

「あの・・・昨日はここに泊まったんですか?」
「そうだよ。なぜ?」
「いえ、別に。」

沈黙が流れる。昨日は送別会じゃなかったのか?いや、もしかしてそのあと二人でここに?何かあったのだろうか?そんな泊まるような仲だったのか?

「きみさ・・・」
「はいっ!」
「何慌ててるの。きみさ、今日何しに来たの?」
「えっ!?」
「きみと青山さんてどういう関係?」

・・・・・どういう関係って聞かれても・・・・。恋人・・・だよね?でも会社の人にそんなこと言えないし。どういう関係に見えるのかな?

「あの・・・濱田さんはどういう関係なんですか?」
「俺?俺は同じ職場で。そうだな、かなり親しい関係と思ってくれていいよ。」
「かなり親しい?」
「そう、こうやって朝まで一緒に居るような。」

えーっっ!それって・・・・・寝るだけじゃないよね?僕たちと同じじゃないか。朝まで一緒に居るし、彼に抱いてもらってるぞ。青山さん・・・・僕だけじゃなかったんだ。でも・・・・そうか・・・・そうだったんだ。

「で、きみは?」
「僕は・・・ただの知り合いで・・・」
「そのただの知り合いが何しに来たの?」
「・・・・・・あの・・・僕、帰ります。」
「そう?」
「おじゃましました。」

立ち上がリビングを後にしようとすると、濱田さんに呼び止められた。

「待って。」
「・・・・なんですか?」
「これ、忘れ物」

コンビニの袋を指差した。

「あ・・・それは青山さんの朝食にと思って・・・・」
「彼はね、こんなジュースやヨーグルトなんて子供の食べ物は食べないよ。」
「えっ・・・・」
「朝はコーヒーだけ。知らないの?これ持って帰って。」

気づいたら外に居た。靴も踵を踏んだままで、どこをどう歩いたのかも覚えてない。この先をまっすぐ行ったら駅だ。どこに行こう?家に帰る気分じゃない。とりあえず駅に向おう。あの二人から出来るだけ遠ざかりたいから。

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ドアの閉まる音で青山が目を覚ました。ユウキが来たのか?と思い、寝返りを打つ。鍵を渡してあるのだ。部屋に入ってくるだろう。と、しばらく待ったが寝室の入り口は静かなままだった。

勘違いだったのかと思い、携帯に手を伸ばす。ユウキからの連絡は入ってない。今日来るはずだが寝坊したのだと思い、電話で起そうとリダイヤルボタンを押す。呼び出しているが応答しない。おかしいな。もう一度リダイヤルボタンを押し、リビングへ向かった。

リビングでは濱田がコーヒーを飲みながらTVを見ている。

「あ、おはようございます。昨日はすみませんでした。」
「おまえ・・・・まだいたのか。」
「やだなぁ。冷たいんだから。」
「あれ?その袋って?」
「これは・・・」

隠そうとする濱田の手を制し、青山が袋を取りあげる。中身を見て確信する。

「ユウキ来たよな?」
「・・・・・来ました。けど、帰りましたよ。」
「なぜ?」
「なぜって・・・・まだ寝てると言ったら、特に用事はないからって。」
「うそをつくな!」

青山はキッと濱田を睨みつけ、携帯のリダイヤルボタンを押した。

「先輩、あの子はなんですか?」

ユウキの携帯は留守電になってない。鳴っているはずだ。

「近所の子か何か?親戚の子?って雰囲気じゃないですよね。」

鳴っていてでないのか?マナーモードにしていて気づかないのか?青山の手は自然と汗ばんできた。

「先輩・・・・・」
「うるさいっ!濱田、お前あいつに何した?」
「何も・・・」
「何もってないわけないだろ?じゃあなんであいつが帰ったんだよ。」

リダイヤルを押す手は止めず、濱田を睨み、問い詰める。

「ちょっとからかっただけで・・・特別な人なんですか?」
「関係ないだろ!あの子はそんなんじゃない。」
「それならいいじゃないですか。俺のことを見てください。昨日言ったことは本気です。」


昨夜の送別会の後の2次会には5〜6人が参加したが、いつの間にか青山と濱田が2人きり残っていた。2人とも相当飲んでいて、酒もかなり回っていた。が、青山は落ち着かない。どうやら濱田が自分に思いを寄せているのではないかと薄々気づいていたからだ。先週二人で出張した際、宿泊したホテルの部屋で着替えのときも寝ていても、なんとなく濱田の視線を感じたのだ。少し前の青山なら、ありがたくいただいたことだろう。たとえ好みじゃない相手だとしても。だが今は違う。ユウキを悲しませることはしたくない。

だから、昨夜濱田が泊めてくれと言ったときには躊躇した。とはいえ、濱田のアパートは駅からバスで20分もかかるのだ。タクシーがないのに、酔っている後輩を放っておくわけにはいかない。自分も相当飲んでいて車で送ることも出来ない。仕方なく自分のマンションに連れ帰った。

部屋に入り、「ソファでいいか?」と振り返った瞬間、青山は濱田に抱きつかれた。

「何の冗談だ。よせよ。」
「先輩・・・・俺・・・・ずっと好きでした。」
「は?ばかいうな。離せよ。」
「先輩もゲイ・・・ですよね?わかります。」
「なに言ってるんだ?いいから離せって。」

濱田を押しのけ、離れたダイニングテーブルの椅子に座る。濱田はネクタイを外し、ワイシャツの裾をズボンからだし、ボタンを外しながら青山に近づく。

「自分が何してるのかわかってるのか?早く酔いを醒ませ。」
「酔ってないです。」
「酔ってるよ!・・・・そういうことにしておいてやるから、朝俺が起きる前に帰ってくれ。」
「そんな・・・俺、本気です!」
「俺にはそんな気はない。」
「先輩・・・・・」
「着替えは貸さないよ。ワイシャツの下、Tシャツ着てるだろ?それから、ソファで寝てくれ。」
「冷たいですね。」
「とにかく、朝になったら帰ってくれ。」

青山は立ち上がり寝室へ向かった。濱田は悔しさに唇をかみ、そのままソファに突っ伏した。


「濱田・・・俺にはそんな気はないって言っただろ?」
「先輩・・・一度でいいです。抱いてください。そうしたら俺の良さもわかってもらえる。」
「簡単にそんなこというな。自分を大事にしろよ。」
「簡単じゃないですよ。心臓がほら、こんなにドキドキして・・・」

青山の手を取り、胸の上に乗せる濱田。そんな濱田に青山は軽蔑のまなざしを送る。リダイヤルの都度携帯から聞こえていた呼び出し音が、電波が届かないか電源を切っているとメッセージに変わった。青山は濱田を突き飛ばし、濱田がよろめき床に倒れる。

「本当に安っぽいやつだな。」


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僕は駅のホームでベンチに座り、電車を何本も見送っていた。行くあてもない。帰る場所もない。世界で独りなのだという孤独を感じる。

朝はコーヒーだけだって?青山さんは僕と一緒のときは朝食をちゃんと食べてた。ジュースも飲んだし、ヨーグルトも食べた。トーストに目玉焼きを乗せて食べたら、俺もって真似して・・・美味しいって言ってた。フルーツも食べたし、サラダも食べた。トマトは嫌いだって言ってた。好き嫌いはだめだって僕が偉そうに言ったら、ものすごいいやな顔をしながら食べてた。そうしたら、意外に美味しいかもって言ってた。

いや、そんなことが問題じゃない。ヨーグルトなんてどうだっていい。問題は僕の他にも朝まで一緒に居るような相手がいたってことで。もしかして、僕の他にもじゃなく、僕が濱田さんの他にもなのか?ああ、なんだかわからない。今日は僕が来るって知ってたのに。僕のことを愛してるって言ったのに。口に出してちゃんと言ってくれたのに。信じてはいけなかったのか?じゃあ鍵は?これも誰にでも渡すものなのか?

「あのー携帯なってますよ?」

顔を上げると20代ぐらいの女性が目の前に立っていた。

「すみません。止めます。」
「いえ、そういうことではなくて・・・大丈夫ですか?顔色が悪いですよ?
「大丈夫です。平気ですから。」

僕は携帯をマナーモードにし、顔を背けた。女性は心配そうに振り向きながら、電車を待つ列に並んだ。たくさんの人が行きかう中にいても僕は孤独だ。不思議と涙は出てこない。青山さんと出会う前の僕はもっと孤独だったし、そのときに戻っただけだ。

携帯をマナーモードにしても、何度も着信しているのをバイブで知らせる。うるさいな。誰だよ。見ると青山さんからの電話だった。履歴を見ると何度も着信している。なぜ?今さら僕に用事なんて。携帯の電源を切りポケットへしまった。

もしかしたら何かいいわけしてくれるかもしれない。でも、実は遊びだったなんて言われる方が怖い。今はそんな言葉は聞きたくない。そもそもセフレ募集の掲示板で知り合ったんだ。僕が書き込んで、彼がそれを見て。「愛してる」なんて言葉も、僕が受け止めたほど重い言葉ではないのかもしれない。でも電話をしてくるってことは、ちゃんと話をしたいってことかもしれない。電話をしてみようか・・・あっ・・・・・鍵を返せってことか。今日みたいに鉢合わせしたら困るよね。じゃあなんで僕に鍵をくれたんだろう?

考えても考えても答えが出ない。捨ててしまおうかとも思ってゴミ箱を探した。が、今駅にはゴミ箱がないんだった。仕方がない。コンビにまで戻って捨てよう。

改札を出て、駅ビルの中のコンビニに向かう。いざ捨てるとなると勇気がいる。せっかくもらったのに。初めてのプレゼントだったのに・・・・。やっぱり返そう。こんなところに捨てて、泥棒にでも入られたらたいへんだから。それに、やっぱりもう一度会って話をしたい。僕はさっき来た道をまた戻った。


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床に倒れこんだ濱田には目も向けず、青山は着替えを取りに寝室に向かった。急いでカーテンを開け光を入れる。あいつ、遠くにいっていなければいいが。変な気を起さなければいいが。焦るばかりで着替えがおぼつかない。寝室のドアの入り口には濱田が立っていた。

「ダブルベッドなんですね。」
「・・・・・・・・・」
「ここであの子と?」

濱田の相手をしている暇はない。財布と携帯を持って、家の鍵と車の鍵を・・・・・車の鍵がない。スーツのポケットに手を入れてみるが見つからず、通勤かばんの中だと思い出し、またリビングへ向かう。鍵を掴んで玄関へ向かおうとすると、濱田が廊下で立ち塞がった。

「必死ですね。そんなにあの子のことが気になりますか?」
「おまえ・・・」
「俺を抱いてください。あんな子よりずっといいですよ。」
「だからっ!俺にはそんな気はないって言ってるだろ。」

不意に濱田に抱きつかれ、青山はバランスを崩し壁に寄りかかる。濱田は青山の首筋に頬擦りをし、足の間に自らの足を入れ、腰に股間を擦り付けた。

「離れろよっ!気色悪い。」
「ね、俺の硬くなってるのわかります?触ってください。」
「やめろって!」

青山は濱田の肩を持ち、自分から遠ざけようとする。青山より小柄なくせに、意外に濱田の力は強く、なかなか離れない。濱田の手が青山の胸元から腹部を通ってその下へ。柔らかいそこを手のひら全体で掴む。

「あれ?まだ硬くなってませんね。」

その言葉を聞いた瞬間、青山は濱田を押しのける手から力を抜いた。今では濱田のされるがままになっている。

「抵抗しないんですか?」
「いいよ、好きにしろよ。」
「やっぱり僕を抱きたいんですね。」
「・・・・抱かれたきゃ勃たせてみろよ。」
「はい、もちろんです。」
「言っとくけど、お前には無理だよ。」

濱田は青山の首筋に舌を這わせながら、右手で股間を揉む。柔らかいままでも十分な大きさだ。手に余る。これが勃ちあがったらどんなになるのだろう?濱田はワクワクする気持ちを抑えられず、ファスナに手をかけた。

そのとき、玄関から「カシャン」と音がした。
 
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